2016年10月19日

New York "The High Line" 都市環境のリモデリングの成功例

マンハッタンLower West Side、貨物列車の高架鉄道High Line跡に造られた全長1.45マイル(2.33k)の空中ガーデン散歩を楽しんだ。

http://www.thehighline.org/visit

Chelsea 地区にあるWest 14th Street10th Avenueのアクセスから入る。

3階建てのビルからの眺めに相当する高さらしい。オープンアワーは、 朝7時から夜10時まで(12月から3月は7時まで) 。入場無料。ペットを連れて歩くことは禁止されている。サウスエンドはリニューアルして間もない(ちなみに建築家は関西空港の建築家、レンゾ•ピアノ)Whitney Museum

高層ビルが作る光と影の谷間を歩くことになれてしまうマンハッタンでは、驚くほど新鮮な開放感をまず感じる。風が通り、喧騒から隔たり、日光がさんさんと降り注ぐ。目の前に展開する風景は普段の目線の高さとは異なり、新鮮な視野が開ける。同時に、眼下にストリートの果てしない喧騒が手に取るように見下ろせる。

ガーデンに採用された草花や草木のセレクションがいかにも自然で親しみやすい。その辺の原っぱに茂っている名もない草のような可憐で素朴な植物が、さまざまな背丈に成長している。

たくさんのヴォランティアの人たちが忙しく働いている。

あちこちにスリックなデザインの木製のベンチが造られていて、草木の植え込みとうまく溶け込んでいる。素材の木の色も風雨にさらされてくすんだ風合いで、可能な限り自然と一体化する環境を表現している。植え込みと歩道との境、つまり歩道の縁が少しだけ盛り上がっていて、植え込みに入り込み過ぎると、その盛り上がりが足先に触れて無言の警告を身体が感じとる。このあたり、実にうまい。

ところどころに、アーティストの作品がそれとなく配されていて、作品なのか、オフィシャルなサインなのか、あるいは鉄道時代のなごりなのか、環境を粋に使いこなし、ウィットに満ちたセレクションが生きている。

14thからのアクセスでは、いきなりアンダーウエアだけで立つ人物像のアートが迎えてくれた。

2人のアメリカ人アーティスト、Barbara KrugerKathryn Andrewsによるメッセージアートに圧倒される。

BLIND IDEALISM IS REACTIONARY SCARKY DEADLY.

http://art.thehighline.org/project/barbarakruger/

直訳すると、「盲目的な理想主義は、反動であり、脅威であり、致命的である。」

一方、Kathryn Andrewsの作品。

BYOND THIS POINT YOU MAY ENCOUNTER NUDE SUNBATHERS

「ここからは、日焼けを目的とするヌーディストたちに遭遇するかもしれません。」

ことばやフレーズで読む人を自身の世界に引き込む表現方法を使うアーティストたちがいる。

開放感に浸りながらの散策でも、ちょっとしたことでさまざまな想いが飛び交うのが、私たちの日常であり、都会人の抜けられないディレンマ。ただ、歩くことでいろいろな考えも生まれ、同時に散らばっていた気持ちもまとまっていく…

郊外まででかける時間も余裕もないニューヨーカーが簡単に得られる気分転換、リセットスポットとして、The High Lineは確実に都市に生きている。しかも、逃避ではなく日常の一部として、すぐそばの現実も忘れさせない。

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2016年06月27日

SFMOMA




SFMOMA, San Francisco Museum of Modern Art


https://www.sfmoma.org


3年間の沈黙を破り、SFMOMA2016年5月にリオープンした。


展示スペースはほぼ3倍に拡大、10を超えるフロアが息をのむ斬新な世界への扉を開けて待ち受けている。

現代美術の源流となったアメリカンポップアートを初め、ドイツ人コンセプチュアルアーティストのジョセフ•バイズ、アメリカの近代の歴史を語る貴重な写真の数々など、1日ではとてもすべてを鑑賞できない充実したコレクションの宝庫となっている。


建築家マリオ•ボッタが創り上げたSFMOMAの顔とも言えるオリジナルデザインを生かしながら、建築ファームSnøhetta(ノルウェー語でスノーヘタと発音するらしい)によるまったく新しいコンセプトの建築デザインでさらなるパワーアップに成功している。プランはスクラッチ(構想)から完成まで6年かかっている。


http://snohetta.com/project/16-sfmoma-expansion


館内を歩いてみてわかることは、階段と各フロアの行き来に、常に戸惑いにも似た新鮮な驚きが用意されていることだ。うまく計算されているのか、それともパターン化した人の行動癖を軽く破るような仕掛けがあるのか?


写真でもわかるように、見え隠れする世界が連続して、視覚的な驚きと楽しさを絶え間なく提供してくれる。特に、人がおもしろい。人が空間に存在し、気ままに思いがけなく動くことで、静止したアートの空間がよりドラマティックに変化する。この変化自体が、モダンアートとなって、MOMAの存在感を巧みにユニークなものにしているような気がする。


ここでは鑑賞の対象である作品はもちろん、鑑賞者である人そのものがおもしろいことに気がつく。


MOMAで出会う人は、MOMAの一部となることを願いながら鑑賞者として行動する。それぞれがMOMAにふさわしい、おそらく普段より少しおしゃれをした素敵な装いで、純粋に作品との出会いに反応しながら楽しんでいる。

特に、50代以上の人が男女を問わず、美しい。


その年齢に達した人だけが持つ、それぞれのいわば人生の長さが、アートを観る視点の深さにうまく比例しているのではないだろうか?


今まで、どこかで、何かのチャンスで目にふれてきた、あるいは知識で知っていた作品に、息がかかるほどの近さで接する体験に、素直に興奮しているのではないかと思う。

チャック•クロースの有名なポートレートは、学生のころ授業で習った知識としての残影が、目の前に息をのむ迫力で現実となって存在してくれると、思わず、微笑んでしまう。40年前の疑似体験がホンモノとなって迫ってくるからだ。


ここでは写真撮影はもちろん、作品との間に(一部をのぞいて)ロープの囲いすらない。

写真でもわかるように、作品の前に少しだけ高いプラットフォームが設置されている。この高さが微妙に作品と鑑賞者の間に心地よい暗黙の距離感を提供している。


ロープは要らない。撮影禁止のサインも不要。自由に気ままに作品と向き合える。これがSFMOMAの美意識であることはもちろん、モダンアートと人との関係そのものの在り方と関わり方を語っているのではないかと思う。


2度目に訪れたときに、レストランでランチをした。

各国の3つ星クラスのシェフが腕によりをかけて創った創作料理が並ぶメニュー。私たちが選んだのは、パインソルトのバターミルクフライドチキンとトマトとバジルのタルト、セイジ蒸しのブラウニー、静岡のブラックティー。

これがどれも絶品だった。

プレゼンテーションも申し分なく、どこまでも、どこまでもMOMAらしさが貫かれている。


レストラン内の客席のテーブルやいすのアレンジも面白く、ゆったりとしていて、それでいて孤立しない、知らない人とも近すぎず、離れ過ぎず、会話を楽しめる。そのためのいすとテーブルの微妙なサイズとレイアウト。


このあたりの計算は、インテリアデザインや建築のジャンルはもちろん、人が作る出会いやコミュニケーション分野での発想や意図をコンセプトとする新しいジャンルがプラスされて、それらが総合的に呼応することで、空間や小さなコミュニティが創造されているのではないだろうか。


60年代後半、当時、まったく新しいコミュニケーションアートとして一世を風靡したアメリカンポップアートから半世紀、現代を象徴するメディアアートが、さまざまな仕掛けとなって、SFMOMAには用意されている。


そうだ、明日はMOMAへ行こう!

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マリオ•ボッタのオリジナルのシンボル

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奥の人物はジョージ•シーガルの彫像。手前はリアルピープル。プランツの巨大な壁が圧巻の彫刻のパティオ。

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サイ•トンブリ(Cy Ywombly)の50年代の作品。作品の前の床に注目。

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Ellsworth Kelly

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階段がドラマティック。

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3つの異なる次元を同時限に見ることができる。

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大きな造形的な窓

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ロイ•リヒテンシュタイン

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作品も監視の人も。

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リチャード•ロング ここはロープで囲われています。

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窓の周辺に建築中の走り書きがそのまま残されているが、これも作品なのかもしれない。

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チャック•クロースの有名なポートレート。遠くからみるとより写真印刷に近づく。複写と芸術の価値の差を笑う。

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ジョセフ•バイズの部屋。彼が80年代に売り出した『世界一安いアート』を縁があって2点購入し、自分の創作を加えてフレーミングした。

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リチャード•セラ

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鉛を使用しているため、触れないように。下の写真が作品。オリジナルをこの場に再現。パーマネントインスタレーション。

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子供ずれの方のトイレはこちら。

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展示内容のサイン文字

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窓からSFダウンタウンの古い高層ビルが見える。

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最初に出会う作品。1987年ゴールデンゲートブリッジの50歳を記念して50万人の人が橋に押しかけ、身動きできなくなり、鉄骨の橋の鉄がたわんだ有名なイベント。私もこのとき実は橋の上に居た。

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カフェSight Glass。ここで思いがけない出会いを経験。

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バナナと名付けたカラーの自分の作品(ティーポット)がミルクジャーとして使われていた。

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レストラン in situの創作料理のひとつバターミルクフライドチキン&パインソルト ロンドンのシェフ

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ニューヨークシェフによるセージ蒸しのダークチョコレートブラウニー 杉の薄板に包まれている。ティーはMoriucha Koucha,

Shizuoka.

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厨房が垣間見れるレストランの構造 サーブする人のエプロンも非常にユニーク

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外壁のデザインを牽引するマテリアル

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2016年03月17日

女性の生き方 1

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平野麻子さんという女性がいる。


2011年に「大切な人の看取り方」という本を翻訳出版した。原本はアメリカ人ホスピス看護師 デニー•コープが書いた。デニーとは、ジム•ルイスを看取った後、ホスピスでボランティアをしていたときに知り合った。

昨年12月、デニーからメールが来た。日本人女性で本を読んだ人がコンタクトしてきたという。当時、私は自分自身のサイトをリニューアルするために2、3ヶ月閉じていたため、 私に直接コンタクトができなかったという事情があった。

すぐに、コンタクトをしてくれた女性、平野麻子さんにメールを返した。

1月、東京でお会いして、いろいろお話をうかがった。


いろいろな女性に出会ってきた。それぞれ魅力的な生き方をしている。

彼女はその中でも格別にユニークだった。


もとは女優さんで(どうりで、美しい)若いころ、灰とダイアモンドを映画化、数々の受賞歴を持つ映画監督アンジェイ•ワイダを師事して、演劇の勉強にポーランドへ渡る。現地で知り合った当時学生だったポーランド人と恋に落ち結婚、二人目の子供が生まれる前に、ポーランド政変(連帯運動)の動乱の中、日本に帰国。その後はふたりの子供を一人で育てられた。

子供さんは成長して、その後、ポーランドの実の父親との対面をはたされた。


麻子さんはその後再婚され、7年前にその方の最期を看取られた。

「大切な人の看取り方」に出会ったのは、最近のことで、誰もが通っていく死のプロセスについて、冷静に具体的にわかりやすく解き明かすことで、看取る、看取られるという負担や不安の大きいプロセスを、軽くしてくれる本の内容に衝撃を受けて、娘さんが英語のレターを作成、デニーにコンタクトしたというストーリーとなる。


翻訳者の私が感じた以上の感動をたぶん麻子さんは感じてくれたと思う。


私自身の想いは、すでにオリジナルを読んだときに最高値に達していて、それからは日本語訳という作業に徹していた。当時の飛鳥新社の編集者だった島口典子さんとのやりとりは 現実的で、私は感情的なことを通り越して、出版というリアリティに徹していた。

時を移さず、あの3.11の津波が日本を襲った。父をホスピスで看取っていた最中だった。出版を遅らし、そして、父が静かに逝った。



平野麻子さんは、「大切な人の看取り方」の読み聞かせを始められた。もともと女優さんなので、発声の訓練を受けている。朗読を生涯の仕事として、さまざまな形での活動をすでにされている。

書き言葉としての本の内容を、語り部として、さらにその表現を深めないといけないことを想像すると、これからの平野麻子さんの活動には注目すべきものがある。


死について語ることががタブー視されるわりには、だれもが死ぬ。


生まれることを喜ぶのは当然だが、死ぬことを隠したり、敗北視したりしてしまうのは、文明人特有の価値観なのだろうか?

かくいう自分も、それほど死について積極的に考えるほうではない。当然、死ぬのは怖いし、大切な人を失うことは耐え難い。

ただ、平野麻子さんのような女性が現実的に登場してくださったことを、むしろ明るい光が射したように感じる。

彼女が語る死や看取りそのものが、彼女が経験してきた人生のゆたかさや喜怒哀楽や人間愛によって深いものになっていくことはまちがいない。


草の根のひたむきさと強さが、麻子さんの魅力だ。


終末期鎮静や看取りの現実など、日本ではある種不確実な了解や認識が表面化で進行し、それがある日突然、常識になっていることに気づく。常識とまではいかなくても、ある日、誰もが知ることになっているという不思議な社会現象がある。



看取る、看取られるの現実や立場に関係なく、一度、平野麻子さんの朗読会を訪れてみていただけたらと思う。

(「大切な人の看取り方」は飛鳥新社から出版された後、再版されていない。本の内容については朗読会で知ることをお勧めしたい。)



5月までの朗読会は3月22日火曜日午後7時/4月21日木曜日午後1時/5月24日午前9時

小田急線の鶴川駅北口より徒歩2分、「和光大学ポプリホール プレイルーム」にて。

朗読のあと、座談のような形でおしゃべりの時間予定しているそうです。

posted by YOKO at 11:23| Comment(0) | topics